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      <title>エクアドルバナナ</title>
      <link>http://ibc2000.net/</link>
      <description>バナナがたくさん</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>海に眠る資源　2</title>
         <description>この事業に伴う莫大な資金を調達するために、何社かが共同でコンソーシアムをつくりました。


各社で何百万ドルずつかを出し合い、採鉱システムの試作モデルを開発しました。


多くのリサーチと実験を経て、そのほとんどが水圧・ストリング応用の採鉱システムを採用すべきであるという結論が出ました。


基本的には、このシステムは海床の団塊を収集する湊喋機を先端に付けた巨大な掃除機と、回収した団魂を海面まで運び上げるパイプとを併せ持つものでした。


吸引は、パイプに空気を注入しつつ、団塊を気泡で採鉱船まで浮上させるのです。


2、3回の実験で、試作モデルは数百トンもの団塊を採取し、実用価値があることが明らかになりました。


それは、深海での採鉱を有益なものにするのに必要な何百万トンという量からはほど遠い数字だったのですが、これが最初の1歩となったのです。

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         <pubDate>Mon, 12 Jul 2010 13:09:30 +0900</pubDate>
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         <title>海に眠る資源</title>
         <description>1960年代後半にはいって、いくつかの会社が深海の採鉱を行う際に必要なことがらを具体的に検討し始めました。


彼らがまず直面したのは、圧倒的な技術不足の問題でした。


大量の団塊を、何マイルもある海床から運び上げられるような、採鉱システムを開発しなければならないだけでなく、海中か陸上かのどちらかで、その大量の鉱物から価値あるものだけを選り分ける技術が必要となったのです。


しかし、深海の採鉱にはいくつか長所もありました。


たとえば、鉱床を覆う表土を取りのぞく必要がないこと。


それから、爆薬や掘削、建設工事の要らないこと。


しかし、彼らは、採鉱しようとしている団塊は、深海用の潜水艦が数隻やっとたどり着けるようになったばかりの深さにあることを、本気で考えてはいなかったのです。

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         <pubDate>Fri, 02 Jul 2010 13:08:19 +0900</pubDate>
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         <title>知ってて損は無いエクアドル　その６</title>
         <description>社会と文化　複合国家であるが共通語のスペイン語が普及している。
また大部分の国民はカトリック(国教)教徒で、教会の政治的、社会的影響力は弱まっているもののいまだ無視できない力をもっている。
最近、国民の40%を占めるインディオがよりよい生活を求めて都市に集中し始めており、全体に人口が著しく偏在した社会である。

日本との関係　エクアドルは、野口英世博士が黄熱病研究で滞在した地でもある。
近年両国は経済を中心に緊密化し、在留邦人も多くなっているが、貿易面ではエクアドルの大幅な入超が続き、問題となっていた。
日本はこの国に、電力開発を中心とした経済協力を行っている。</description>
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         <pubDate>Sat, 26 Jun 2010 12:13:19 +0900</pubDate>
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         <title>知ってて損は無いエクアドル　その５</title>
         <description>外交面ではアメリカとの友好関係を維持する一方、社会主義国、キューバ等とも外交関係にあり、アンデス諸国との地域的結束にも努めている。
最大懸案の1つとしてペルーとの領土問題がある。

この国は従来バナナを主軸とした農業国で、中南米の中でも最貧国の一つであったが、72年以降石油が産出されて空前の石油ブームを現出し、飛躍的な経済発展を遂げた。
しかし、貧富格差の増大、農業生産の停滞等の問題が生じており、他方石油埋蔵量も少なく、数年後には石油輸出余力は底をつくと見られている。</description>
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         <pubDate>Thu, 10 Jun 2010 12:12:55 +0900</pubDate>
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         <title>知ってて損は無いエクアドル　その４</title>
         <description>しかし、ペルーとの戦争に敗れた後は、近代国家建設の気運が高まり、1944年に成立したイバラ政権は進歩的政策を実行した。
だが、その後も政変や暴動が絶えず、これまでに憲法は16回改正され、50年以降でも元首は26人も交代している。

政治・経済　72年、次いで76年に軍部クーデターが起き、軍事政権が続いたが、79年4月に総選挙が実施され、民政移管が実現した。
その後オスバルド・ウルタード政権は民主主義の確立、社会主義の実現等を理念に政策を推進したが、現在も軍部は政治的に隠然たる影響力をもっている。</description>
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         <pubDate>Fri, 21 May 2010 12:12:28 +0900</pubDate>
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         <title>知ってて損は無いエクアドル　その３</title>
         <description>この管轄区が今日の領土や行政範囲の基礎となっている。
1822年、エクアドルはスペイン軍を破り、大コロンビア共和国の一員となり、その8年後単独の共和国として分離独立した。

独立後のエクアドルは、商工業主中心のグアヤキル市と半封建地主層中心のキト市との地域的対立、これを基盤とする自由党と保守党の抗争、軍部独裁政権の成立、さらにこれらに隣国ペルーやコロンビアによる政治的干渉や国際紛争が加わって、統一国家としての近代的発展が阻まれた。</description>
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         <pubDate>Sun, 09 May 2010 12:12:03 +0900</pubDate>
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         <title>知ってて損は無いエクアドル　その２</title>
         <description>東部森林地帯のうちアンデス山系の2000～3000m地帯に総人口の約半数が住み、首都キトもこの地域にある。
気候は海岸地帯の南部は乾燥、北部は高温多湿、高原地域は温暖、山岳部は寒冷、東部は多湿酷暑というように地域により大きく異なっている。

この地には古くは8つのインディオ国家が分立していたが、15世紀前半キト王国の支配が確立し、後にインカ帝国に統合された。
その後1532年にスペイン植民地となり、1563年には独自の司法立法行政機関がおかれた。</description>
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         <pubDate>Sun, 25 Apr 2010 12:11:34 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>知ってて損は無いエクアドル　その１</title>
         <description>国名エクアドル共和国
英語名RepublicofEcuador

地理・気候・風土　
南米大陸西北部の赤道直下に位置する。
アンデス・グループ諸国の中では面積が最小の国で、太平洋上にある珍しいは虫類などで有名なガラパゴス諸島もこの国の領土である。
本土の中央部は、万年雪を頂いたアンデス山脈が2条になって南北に縦走し、国土を太平洋岸沿いの海岸地帯、2条のアンデス山系にはさまれた高原・山岳地帯および東方のアマゾン源流地帯に続く東部森林地帯に分けている。</description>
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         <pubDate>Thu, 01 Apr 2010 12:06:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エクアドルの歴史～スペイン植民地時代</title>
         <description><![CDATA[1531年、スペイン出身のコンキスタドールの一群を率いてインカ帝国に上陸したフランシスコ・ピサロ。

<img alt="Pizarro.jpg" src="http://ibc2000.net/images/Pizarro.jpg" width="200"/>

優れた火器や馬を使ってインカ人との戦いを有利に進め、1532年にアタワルパを捕虜にし、1533年にタワンティンスーユを滅ぼしました。

スペイン人による征服後、現在のエクアドルに相当する地域はペルー副王領に編入され、リマの統治を受けることになりました。

1563年にはキトにアウディエンシアが設置されます。

1717年にサンタフェ・デ・ボゴタを中心にヌエバ・グラナダ副王領が設立されると、エクアドルはこの副王領に組み込まれましたが、1722年には再びペルー副王領に組み込まれました。

]]></description>
         <link>http://ibc2000.net/2010/03/post_13.html</link>
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         <pubDate>Sat, 20 Mar 2010 14:44:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エクアドルの歴史～インカ帝国時代</title>
         <description><![CDATA[今回は、インカ帝国時代について。

先インカ期に栄えた様々な古代文明は、最終的に15世紀半ばに廃れてしまいます。

当時クスコを拠点に急速に拡大していたタワンティンスーユ（インカ帝国）の皇帝、トゥパク・インカ・ユパンキの遠征によって征服されたことをきっかけに、キトはクスコに次ぐ帝国第二の都市として栄えました。

<img alt="Ataw_Wallpa.jpg" src="http://ibc2000.net/images/Ataw_Wallpa.jpg" width="160" height="198" />
キトの皇帝アタワルパ


1527年に皇帝ワイナ・カパックが疫病で病死すると、キトで育った皇帝アタワルパは皇位継承権などを巡ってクスコのワスカルと戦い、勝利します。

しかし、そうして疲弊した帝国は、まもなく上陸するスペイン人と戦うことになります・・。
]]></description>
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         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 17:26:32 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>エクアドルの歴史～先インカ期</title>
         <description><![CDATA[<img alt="inka.jpeg" src="http://ibc2000.net/images/inka.jpeg" width="200" />

現在のエクアドル共和国辺りの地域には、紀元前10000年頃の人類の生存が確認されています。

そしてその後、様々な古代文明が栄えたんです。

紀元700年から16世紀半ばまでを統合期と呼びます。

身分制、首長制を基盤とし、祭祀センターを備えた社会構造が存在したことが明らかになっています。

]]></description>
         <link>http://ibc2000.net/2010/01/post_11.html</link>
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         <pubDate>Sat, 02 Jan 2010 10:30:32 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>セビッチェ</title>
         <description><![CDATA[エクアドルで有名な料理といえばセビッチェ。
冷たいエビや貝などのスープで、ペルーにも同じ名前の料理がありますが味はまったく違います。

<img alt="eku.JPG" src="http://ibc2000.net/images/eku.JPG" width="180" height="121" />

エクアドルのセビッチェには、特徴としてたまにポップコーンが添えられてきます。
ちょっと不思議ですよね。

エクアドルでは他にチキンや豚、ラムなどの肉もたくさん消費されていて、煮込みやフライなどに して食されています。
]]></description>
         <link>http://ibc2000.net/2009/12/post_7.html</link>
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         <pubDate>Fri, 11 Dec 2009 12:22:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ロンサム・ジョージ</title>
         <description><![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="george01.jpg" src="http://ibc2000.net/images/george01.jpg" class="mt-image-none" style="" height="202" width="260" /></span><br />

世界でもっとも有名なカメさん！
皆さんご存知ですか？
ロンサム・ジョージとはガラパゴスゾウガメの１種であるビンタゾウガメのニックネーム。
ジョージはロンサムlonesomeつまり「一人で寂しい」「ひとりぼっち」のピンタゾウガメなのです・・。
ちょっと、あだ名が寂しい感じですね・・。
<br /><br />
ピンタゾウガメは1906年に捕獲されたのを最後に、発見されたことがなく、絶滅したと言われていました。<br />
が、しかーし！1971年にこのジョージがまた発見されて、まだ絶滅していなかったことがわかったのです～～（＾＾）<br /><br />
ところが、ジョージが発見されて以降は、1頭も発見されることはなく・・・。<br />
ロンサム・ジョージは、名前通り「地球上でたった1頭だけになってしまった、最後のピンタゾウガメ」なのです・・。
可愛い彼女が発見されたらいいのにな（；；）]]></description>
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         <pubDate>Fri, 20 Nov 2009 19:58:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エクアドルの国章</title>
         <description><![CDATA[<img alt="165px-Coat_of_arms_of_Ecuador.svg.png" src="http://ibc2000.net/images/165px-Coat_of_arms_of_Ecuador.svg.png" width="165" height="165" align="right" hspace="5" vspace="5" border="1"/>

エクアドルの国章は1845年に決定～、そして1900年に今ある形に決まりました！

楕円の背景にはチンボラソ火山が描かれていて、山から発する川はグアヤス川を表現☆
それらはそれぞれ地域（シエラかコスタ）の美しさと富貴を象徴しているそうです。
自分の国が好きな感じが伝わってきますね＾＾

頂点の白い帯に描かれている白羊宮（おひつじ座）、金牛宮（おうし座）、双児宮（ふたご座）、巨蟹宮（かに座）に囲まれた金色の星は、1845年の自由党革命のあった3月から7月の間を象徴しているそうでやり方が凝ってますね～～！

盾の頂上の翼を広げたコンドルは、一番惹きつけられるのではないでしょうか＾＾
エクアドルの権力、偉大さ、力の3つを象徴！

盾には四つのエクアドル国旗が垂れてます。
それぞれには意味があって、

左部の月桂樹は栄光と共和国独立の英雄の栄光を象徴。
右部のヤシの葉は平和のシンボル。
下部のファスケスは共和国の尊厳を象徴。

と、中身の深い国旗でした。
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         <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 16:41:23 +0900</pubDate>
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         <title>エクアドルの国旗</title>
         <description><![CDATA[<img alt="300px-Flag_of_Ecuador.svg.png" src="http://ibc2000.net/images/300px-Flag_of_Ecuador.svg.png" width="300" height="150" />

エクアドルの国旗は、1860年9月26日に決定ー！おめでとう！

大コロンビアの国旗に由来するもので、コロンビアの国旗やベネズエラの国旗にとーっても似ています！
似すぎです！

全国旗中、使っている色の数が一番多いんだけれど、ほぼ真ん中に描かれている国章のものなのです。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 09 Sep 2009 14:51:47 +0900</pubDate>
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