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2009年02月 アーカイブ

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赤道の国

エクアドル共和国、通称エクアドルは、南アメリカ西部に位置する共和制国家である。
北にコロンビア、東と南にペルーと国境を接し、西は太平洋に面する。
本土から西に1,000km程離れたところにガラパゴス諸島を領有する。
首都はキト。
最大の都市はグアヤキル。
なお、国名のエクアドルはスペイン語で赤道を意味する。

国名はこの国を通る赤道に由来する。
植民地時代には現在のエクアドルの領域はペルー副王領の一部であり、独立戦争中にシモン・ボリーバルの采配によってコロンビア共和国(大コロンビア)に併合された後は「南部地区」(Distrito del sur)と呼ばれていた。

1830年にコロンビア共和国から分離独立する際に、キト共和国と名乗ることは他の諸都市の反発を招くことが予想されたため、キト直下を通るエクアドルという名前で諸地域の妥協がなされた。

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エクアドル人

エクアドルは非常に多様性に富んだ国である。
2007年の時点では、国内で最も多い民族集団は国民の67%を占める メスティーソであり、二番目に多いのは22%を占めるインディヘナとなり、白人が12%を、ムラートやサンボを含んだアフリカ系エクアドル人が8%を占める。

また、特にイタリア、スペイン、アメリカ合衆国、カナダ、日本には出稼ぎエクアドル人のコミュニティがあり、2007年の時点で約250万人のエクアドル人が海外で暮らしていると推測されている。
国民の多くはコスタやシエラに住み、オリエンテには国民の3-5%ほどしか居住していない。

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教育について・・・

5歳から14歳までを対象に、1年間の就学前教育、6年間の初等教育、3年間の前期中等教育からなる10年間の義務教育制度が敷かれているが、エクアドルの教育水準は決して高いとはいえない。
義務教育が終わると、3年間の後期中等教育(高校)があり、高校を卒業すると高等教育(大学)への道が開ける。

2001年の成人識字率は91%である。

主な高等教育機関としてはエクアドル中央大学(1586年)、グアヤキル大学(1867年)、クエンカ大学(1868年)などが挙げられる。

1980年代以降、先住民が教育文化省内に「異文化間二言語教育局」を設置し、スペイン語と先住民言語(主にキチュア語、シュアール語)による二言語教育が実施されている。

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食文化について

地形の多様性に伴い、食文化も地域によって異なる。

コスタでは主に魚、エビ、貝類などを主食としている。
中でも有名なのがセビッチェといわれる、冷たいエビや貝などのスープである。

シエラでは芋やユカを主食とし、牛、豚などを飼いミルクを売ったり食べたりして生活している。
海産物はめったに手に入らない。クイと呼ばれる天竺鼠の一種を食べる習慣がある。
ペルー、ボリビアとは違ってエクアドルではコカ栽培は非合法である。

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ガラパゴス諸島

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ガラパゴス諸島は、南米エクアドルの西約900kmの太平洋上に浮かぶ123の大小の島と岩礁からなる火山群島。
現在も火山活動が続いている。
Islas Galápagos は「ゾウガメの島」という意味。正式名称はコロン諸島。

チャールズ・ダーウィンが測量船ビーグル号に乗船し進化論の着想を得ることになった航海でこの島にも訪れていることは有名である。
ダーウィンは航海の後半、1835年9月から10月までおよそ一ヶ月間滞在した。

その間ビーグル号は初めて諸島の地理調査を精密に行った。
当時の記録は、彼の『ビーグル号航海記』で読むことが出来る。
ガラパゴスの島々で観察した動物相は、南米での調査の経験と共に、進化論のヒントとなった。

航海でもっとも印象に残ったことの一つとして、ガラパゴス諸島の動植物が南米のものによく似ていることを挙げている。
そして諸島滞在時には気づいていなかったが、イギリスに帰国後、生物の種とは当時信じられていたように不変な物ではなく、変化しうるのではないかと考えるようになった。

島には彼を記念した研究所「チャールズ・ダーウィン研究所」が1964年に開設され、現在でも、野生生物の保護・調査に当たっている。

また、このような経過から、特異な生物相を持つ島嶼のことを「○○のガラパゴス」と呼ぶことがある。

日本では琉球列島や小笠原諸島がそう呼ばれるが、琉球列島はかつて大陸や日本列島と陸続きで、そこから侵入した生物相が元になっている点、海洋島へ漂着した生物を起源とするガラパゴスのそれとは性格が異なる。

したがって、その意味では小笠原をこう呼ぶ方が理にかなっていると言える。

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キト (Quito)

キト (Quito) はエクアドル共和国の首都。グアヤキルに次いで人口が多い。

赤道直下に位置しているが、アンデス山脈の中腹(標高2850メートル)にあるため比較的涼しい。
人口1,399,378人(2001年)。
キトの北23kmに赤道記念碑があり、線で赤道の位置が示されているが、実際の赤道との誤差がある。

キトの発祥は紀元1000年以前までさかのぼることができる。
当時、その一帯は遊牧民たちの遊牧する土地であったが、その後今のキトの位置に市が開かれた。